ぼんやり日記

毎日の記録

居場所

◎2020年7月11日(土)

 

 大学時代のサークルが解散する。数か月前に聞いた時、「そっか、さみしいな」とは思ったものの、わざわざあの場所を見に行こうとまでは思っていなかった。それが、仕事終わりに先輩に呼び出され、部室に行くことになった。退去前の備品整理や大掃除をしているという。インカレだったので、京都の大学から電車で約1時間、大阪のオフィス街と歓楽街の入り混じるエリアに部室はある。駅を降りてすぐ、居酒屋やきらきらネオンの風俗店がひしめき合っている。雑多な雰囲気は変わっていない。

 

 サークルの拠点はビルの一室。狭くて急な階段を上っていくと、楽しそうな話し声が聞こえてきた。扉を開けると、「部室おいでよ」と誘ってくれた1学年上の先輩。もう一人は名前は聞いたことがあるけど初めて会うOBで、2001年の卒業生だという。私が小学校低学年のころ学生だったのか。それなりに歴史のあるサークルなので、世代の違うOBとも時々出会う。「何か気になる物とか私物があったら持って帰っていいよ」と言われた。

 

 部室はとにかく汚かった。カーペットやカーテンを洗ったことはあっただろうか。本棚のファイルを手に取ると、埃まみれ。なんだかかゆくなってくる。何より、ただ物が散乱しているだけでなく、人の匂いが濃く染みついている。もちろん物理的に汗は染みこんでいる。クーラーはほぼ壊れていたし、夏は地獄だった。徹夜で作業を終えて、力尽きて臭い床に横たわる者、ハイになって朝6時まで開いている焼肉屋に向かう者。家に一人でいるのが寂しくて、用もないのに部屋の隅でカップラーメンを食べている者。単なる部室じゃなくて、居場所になっていたんだと気付く。だから、人の匂いがこびりついて消えないんだろう。青臭いけど、たぶん本当にそう。

 

 ノスタルジーを感じるのは、部屋の中身が全く変わっていないからかもしれない。私が初めてこの扉を叩いたのは2011年の春。9年も経つのに、何も変わっていない。壁に貼ってある注意書きや、連絡網、ホワイトボードに残されたメモ。ありとあらゆる情報が更新されていない。これは私たちの世代が書いたものだ。こんなにもそっくりそのまま残っているってちょっと怖い。全盛期は80人以上いた部員が最後は数人になったと聞いた。少なくとも、最近の部員にとって、居場所ではなかったんだろうなーと感じる。

 

 大学時代、京大の吉田寮や、社会運動系の若者のシェアハウスに遊びに行った時、「こんなところがまだあるんだ!」って興奮したものだが、今思えばここもそんな場所だったのかもしれない。絶滅危惧種のような、今の時代から駆逐されてしまうような場所。来月中には完全に退去する。数十年分の人の匂いが染みついた部屋を誰が使うのだろうと思うけれど、立地は抜群だし、クリーニングして、内装補修すれば、次の入居者はそのうち見つかるだろう。そうなれば、もうこの扉を開くことはできない。

 

 何か持って帰ろうかといろいろ探した。でもOBの人が全ての資料や写真はデータ化して卒業生皆で共有すると教えてくれた。となると、私物も置いていなかったので、特に何も必要なかった。誘ってくれた先輩は熱心に備品を整理していた。それもそう、先輩は車で今住んでいる広島から駆け付けたのだ。私とは気合の入れようが違う。

 

 すっかり夜も深くなり、先輩が「せっかくだから、どこかドライブしよう。家まで送るから」と言ってくれた。選択肢は神戸か奈良。「夜景がきれいっぽいので」と神戸を選んだ。アテンザの助手席に座り、阪神高速をぐんぐん進む。私は自分の安い壊れかけの車(いまは知人に譲渡した)でしかこの道を運転したことがなかったので、乗り心地の良さに感激した。振動がない。給油するときはレギュラーではなく、軽油らしい。たしかに、ディーゼルの列車と同じ音がした。

 

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 いろいろと真面目な話をしていたのに、兵庫県に入るとマンションや工場の夜景が本当にきれいで。2人とも「きれい!」しか言わなくなった。「奈良にしなくてよかったな~。真っ暗で今頃、なんだこれってなってたよ」と先輩。奈良には悪いがそうかもしれない。赤く灯ったポートタワーが見えてくる。高速を降りて、近くの駐車場に停めた。雨はなく、風も涼しい。この辺り、定番お出かけスポットなのにちゃんと来たのは初めてだった。海沿いを歩きながら、「神戸大に行ってたら、終電を気にせずこんなロマンチックな街を歩けたのにな」と先輩。私は「いやいや、神戸大は山だから。自分の車でどこにでも行ける大人になってよかったってことですよ」と答えた。

 

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