ぼんやり日記

毎日の記録

変な夢ばかり

4月11日(日)

 昨年、転職にあたり、給料が半分以下になった。常務が面接の時に「この業界は厳しい。でもみんなで力を合わせて、痛み分けだ」と言っていて、そうかこの人も大変なんだなあ~と納得していた。なのに、会社で資料を見ていたら常務の給料が私の3倍もあることがわかった。個室で革張りの椅子に座って、無駄口ばかり叩いている。天下りなので、すごく大切に扱われている。私は飛沫対策もできていない狭い部屋に押し込められて仕事をしている。職場は女性がほとんどで、半分以上が非正規。それなのに、労働者側が延々と経費削減を迫られている。なんだこれ?カーッと怒りが沸いてきた。 

 常務はいつも政権批判をしているが、自分も同じように搾取している側だとは全く思っていないんだろうなあ。

 

 むしゃくしゃして、高い買い物をしようと帰りに家電量販店へ。カメラを見ていたら、カメラ担当のおじさん(カメラ歴50年だそう)がやってきてうんちくをずっと聞かされて疲れた。なんかいろいろ嫌になって、泣きそうだった。

 

4月12日(月)

 中古店に、望遠レンズとストロボを持ち込んだ。定価では計7万くらいのはずだけど、合わせて9千円だった…。ショック。

 

 テアトル梅田で「街の上で」鑑賞。なんとなく4人の女の子が集合した宣伝写真を見た時は、「モテない僕が突然タイプの違う4人の女の子に言い寄られて?!」的な話っぽい…と懸念していたのだけど、むしろ逆だった。なんとなーく居心地が悪い、人と話が噛み合わない、気があるのかなという勘違い…。自分にも覚えのあるリアルな心情でニヤニヤが止まらない。登場人物が「え?」って聞き返すことが多いのが、すごくいい。物語の人物ってスムーズに会話しているけど、現実は聞き返したり、何て言ったか聞きとれずにモヤモヤしながら聞いてたりすることだらけ。テンポよくきれいな会話ってそうそうない。終盤の恋バナで城定イハが照れながら言う「え?」は、むず痒くなるほどリアルだった。いろんなパターンの「え?」がある。

 終盤のコントチックな展開で、劇場にいる人みんながくすくす笑っていて、これが映画を観る幸せだ~!と感じた。この幸福感を誰かと分かち合いたい~。「花束みたいな恋をした」も、ひとと語りたくなる映画だったけど、2回目おかわりするのは元気な時じゃないとって感じではある…。でも、これは何度でもおかわりできる。

 

4月13日(火)

新今宮ワンダーランド」の記事のことをずっと考えていた。

「観光地じゃないまちを歩くのが好き!」と言っている私にもそういう部分があるんじゃないか、と。

 

4月14日(水)

 1時間休を取って仕事を早上がり。地元のシネコンで「まともじゃないのは君も一緒」を観た。高校生が多かった。地元(知っている人がいそう…いなくてもなんとなく嫌)×シネコン(キャパが大きい分、客層が幅広くて上映中に喋る人とかいる)という苦手コンボで避けていたけど、日時と作品を選べばある程度大丈夫だと最近わかってきた。清原果耶ちゃんのカラオケシーンで、元気満タンになった。小泉孝太郎の役が小泉進次郎だった。爽やかで胡散臭い役似合う。

 「街の上で」「大豆田とわこ」「まときみ」、この流れ、めっちゃ贅沢。どれも会話劇が中心で、派手なことは何も起こらないけど心に残る。

 

4月15日(木)

 夢を見た。私はバラエティ番組のプロデューサーで、番宣に来た櫻井翔木村多江に雑誌早食い対決をさせる。櫻井さんが漫画雑誌をちぎりながら、もしゃもしゃと食べて、木村さんは笑いが止まらず勝負にならない。…なんだ、雑誌を食べるって。狂気。

 

4月16日(金)

 「リコカツ」を見た。瑛太の喋り方がゴルゴ13みたいだった。自衛隊の知り合いは複数いるのだが、こんな生真面目で融通が利かない人って案外少なかった。でも、ここまで職務にのめり込むタイプの人は自衛隊でやっていく耐性、適正があるんだろうな~。

 

4月17日(土)

 夢を見た。舞台はこの世の裏側にある氷の世界。自信を失っているSexyZoneの佐藤勝利くんが迷い込んできて、私が過去の出演VTR傑作選を氷に映し出して、「あなたはこんなにもかっこよくて、面白いんだよ!」と励ました。勝利くんが笑顔になり、氷が解けて元の世界に戻っていった。私はどの立場なのだろうか。それにしても、勝利くんって、カードキャプターさくら小狼くんに似てるよなあ。

 今日は楽しみにしていたドラマ「コントがはじまる」がある!自分と同じ28歳の群像劇。大好きな「俺の話は長い」の金子さん脚本なので、超期待している。

 

パン食の日

◎2020年12月31日(木)

 

 この間京都に行ってきた。どこを歩いても学生時代の思い出ばかり。ただ、一緒にいた人たちがいないだけ。

 

 当時住んでいた河原町周辺。老人クラブの集会所にかかる看板は変わらない。妙に写実的な顔の警官。

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 商店街の中の平安女学院サテライトスタジオなるもの。細すぎません?
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 コンビニの早朝バイトを終えて、よく朝ごはんを買いに行ったワルダー。3時間しか働いていないのに、時給1時間くらいの金額を散財してしまう。ハード系から甘いフルーツデニッシュ系までどれもおいしくて、1つじゃもったいない…もう1つ…と手が伸びちゃう。しかも、食べたらうとうとして2限に間に合わず、もう今日は諦めよう…と自堕落になった日々だったな。今考えるとダメ人間すぎる。
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 いつも買ってたチョココロネ。「ふわっ」ではなくて、ややどっしりした生地なのが他にないし、ラム酒入りでちょっと大人な感じが気に入っている。

 当時と同じように公園のベンチで食べた。パンって外で食べると美味しさが増す食べ物ベスト3に入ると思う。

 食べている10分程度の間に、隣の公衆トイレに男性が入れ代わり立ち代わり入っていった。ランニング中の人、タクシーの運転手、軽トラックの運転手、子どもを遊具で遊ばせるお父さん。そういえば私は、街中の公衆トイレってもう何年も使ってない。
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 用事を済ませて、さらにパンを食べた。パン食の日。

 ヤオイソのフルーツサンド。具は、イチゴとキウイ。メロンとカキ、パイナップル(たぶん)。最近の改良された甘ーい果物じゃなくて、いい意味であっさりした味。ケーキだと胃にもたれるのに、フルーツサンドだといくらでも入りそうなのはなぜだろう。こうして人は肥えていく。

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 「現代美術二等兵」の展示に行く途中にあった磔磔(たくたく)。いつも燦燦(さんさん)と読んでしまう。こんな渋いところだったのか~。

 京都って街並みは古いはずなのに、全体の雰囲気が若い。そこが好き。
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メアド変更

2020年12月28日(月)

 

 あまりにも迷惑メールが届くので、ケータイのキャリアメールのアドレスを変えた。新しく考えるのも面倒なのでezweb.ne.jpからau.comに変えただけだけど。そもそも、もうGmailしか使わないし、迷惑メール以外にキャリアメールには連絡はほとんどない。でも、今、あえてキャリアメールにたわいもない内容のメールが届くと学生時代を思い出してうれしいのにな~。

 

 初めてケータイを持った2008年、高校1年生の時に設定したアドレスをずっと使ってきた。自分の名前の頭文字と誕生日、好きなイラストレーターの絵本のタイトルを組み合わせたアドレス。当時、このイラストレーターさんが好きな私ってセンスいいんじゃない?と思って付けたと思うけど、12年間誰にも突っ込まれることがなかったな。大学2年くらいからは、連絡先交換といえばLINEだったし。

 

 高校時代、「アドレス変更しました♡from.みゆ」みたいな件名のメールが届くと、ああ彼氏変わったのか(もしくは別れたのか)と分かる友達がいて面白かった。アドレスはもちろん自分と彼氏の名前、交際開始日。例)miyu_ren.since20091013@~

 アドレス交換した時に恋人がいるとわかるから、お互いの浮気の牽制の意味もあったんだろうな~。今もLINEのステータスメッセージで似たようなことありそう。

 

 

 

梅田、中崎町、天満

2020年11月24日(火)

 

 ブログを書こう書こうと思いつつ、気が付いたら1ヶ月とか経っている。これ、私の先延ばしにする生き方まんまだ。ブログの更新を人生に例えるのは飛躍しすぎだけど、そんな人間であるのはたしか。家に帰ってからお風呂に入るまでが動けないくらい億劫で、入ってしまえば温かい湯最高~ってなる現象に例えると、もう少し軽やかだろうか。

 

 最近、上司が仕事中に転んで骨折した。入院は1週間程度らしいが、「これを機に」と、いきなり重めの新規案件を引き継ぐことになった。断る権利はない。うーん、何だか腑に落ちない。

 

 新型コロナの感染者が増える中で、自分の直接の知り合いはまだ誰も感染していない。ツイッターのフォロワーでさえ。言えないだけかもしれないけど。後遺症のことを考えると絶対に罹りたくないとは思うものの、世界的な共通体験に加われていない疎外感というか、どこか他人事に思えてしまう不思議な感覚がある。

 

 そんなことを思っていたら、昨日昼寝から目を覚ますと喉がガラガラになっていた。口開けて寝て乾燥したのかな~と思いつつ、夜は中崎町に芝居を見に行った。商店街に入ってすぐの焼き芋屋に行列ができていた。アーケードをずーっと進んでいくと、天神橋筋商店街にたどり着いた。大阪駅から環状線で一つ隣の天満駅。ちゃんと地図で見たら梅田から中崎町、そして天満、扇町に続いていると認識できるけど、歩いて初めてこの道とこの道がこうつながっているのかーと実感できる。電車に乗って移動していると、地理的な距離・位置の感覚がわからなくなる。中崎町天神橋筋が地続きにあるって常識だろうけど、私の中ではつながっていなかった。それぞれ単独で認識していた街が、自分の足で歩いて、地理として落とし込めたというか。この喜びを感じられるのなら、どこまでも歩けそうだと思った。伊能忠敬の地図作りに対する気持ちの原点ってこういうことじゃない?知らんけど…。

 

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 明け方、喉がガラガラからヒリヒリに変わり、目が覚めた。脇に挟むタイプの体温計で図ると36.8℃。微妙だけど、念のために仕事を休んで近くの内科に行った。実家を離れていたので8年ぶりくらい。朝9時からの診察だが、30分前には待合室に高齢者がすし詰め状態。そんな光景を思い出して早めに着いたら、連休明けなのに私が一番乗りだった。開室するまで入口で待っていると、通りすがりの自転車に乗った女子高校生が「また平凡な女子やん?私からしたらモエは平凡な女子ちゃうねん」と言っていた。どういう文脈かわからんが、相手を褒めているのかな。

 

 後から点滴を打ちに来たおばあさんと、親子連れら3組が来たものの、長椅子に一組ずつ座れる余裕があった。やっぱりコロナ以前の高齢者にとって病院は不要不急のサロンだったということか。でも、不要不急という言葉はそれぞれの価値判断を勝手に定めるようで、なるべく使うべきではないな。

 

 待合室のテレビは「大阪は陽性率が高すぎる」「大阪は危機的状況」と伝えていた。そう、そんな危機的状況にいる私たち…。診察はものの20秒ほどだった。「扁桃炎やね~。心配ないわー」とのこと。おでこに当てるタイプの体温計で36.3℃だった。脇よりおでこで図った方が低く出るんじゃないかしら。とはいえ、コロナの疑いはおそらくなさそうで、ほっとした。

 

 この病院は私が小学生の頃から通っていたかかりつけだった。子どもの頃を知っている人間に、まだ実家にいる28歳の人間として自分を見られたくない、などと考えてしまった。相手はたくさんの患者を観る町医者で、個人個人になんとも思っちゃいないだろうが。大人になると、自分を知らない人の方が安心できる。うーん、うじうじ面倒な人間である。

星の子

◎2020年10月20日(火)

 

 ここ最近ずっと、やる気が出ない。やらなければいけないことを先延ばしにして、もっとやりたくなくなる負のループ。世の中で自分だけ置いて行かれてるんじゃないか、とか鬱々考えてしまう。あっという間に年末になっちゃう。

 

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 昨日はテアトル梅田に、芦田愛菜主演の「星の子」を見に行った。愛菜ちゃん…というか、芦田さんの演技がもう子役のそれじゃない。表に出す感情を抑えて、目で訴えてくる。岡田将生って裏の顔がある爽やか好青年役がやっぱり似合う。にしても、どんな宗教であれ他の生徒の前で、特定の家庭の宗教を否定するのは教師としてよくないよね。

 

 私の親も某新興宗教に入っていて、私も子どもの頃は主人公のように集まりに参加したり、歌を歌ったりしていたので、既視感しかなかった。微笑んでいるのに目が黒々として、口角がきゅっと上がった黒木華や、焼きそばを焼いて子どもたちのために汗を流す高良健吾。子どもから見れば、いかにもいい人。これも既視感。外からは悪質だとか、気持ち悪い、と言われていても、穏やかで優しい人が多い。

 

 現世で救われるとされる宗教が今強いんだろうな。死後に報われるとか、来世のために祈るとかでは間に合わない。星の子では、主人公の家は信仰を深めるにつれ、どんどん貧しくなっていった。主人公の病気を治したとされる特別な水を発端に、特別な品を次々と揃えていく。今、報われるために。信仰というより極端に通販にのめり込む人って感じもするが。大抵特別な品を買うエピソードなので。

 伊達眼鏡のエピソードなんかまさにそう。海外の俳優に一目惚れしてから「みんなが不細工に見えるの」。子どもらしく笑えてしまうエピソードだが、父は主人公のために特別な眼鏡を購入する。「これを付ければ世界の歪みが矯正される」と真顔で言う。一方、主人公の友人は、「変な眼鏡。あんたのは病気じゃなくてただの面食い!」と笑い飛ばす。人と違うところは治さなければいけないのではなく、当たり前の個性であり、笑っちゃえること。両親の価値観は絶対的なものではない。異なる価値観を教えてくれる友人の存在が救いだ。

 

 そんなこんなで家は貧しくなり、長女(姉)は出て行ってしまう。「だるそうなため息」が好きな男の元へ。いつも笑顔で優しい宗教の輪の中と真反対の人をあえて選んだのか。一家の状況は外から見れば悪化しているはずなのに、幸せそう。"優しい"仲間たちから支え、慰められ、連帯を深めていく。食卓に並ぶ料理も疎かになり、他人の子が食べ残した寿司を平然と置くようになる。本当の家族と宗教の輪の中の家族の境界が曖昧になっていく。

 

 主人公はずっと「うちはよそとは違う」とふわっと感じつつも、そこまで境界を意識せずに暮らしてきた。でも、好きな人からの直接的な否定が、守られてきた世界を砕く。冷たい視線を突きつけられ、その溝をはっきり自覚する。それでも、両親に対し、姉のように反抗するでもなく、親戚のように諭そうとするでもない。否定も肯定もしない。親であっても、自分と他人は違う人間。自分は自分の考えを信じ、たとえ両親と違う考えだとしても一緒に生きていく。尊重するだけで、飲み込まれない。大人になる覚悟が伝わるラストだった。

 

 その後シネリーブル梅田に移動して「スパイの妻」を見ようと思ったら、平日の昼間なのに既に満席だった。公開したばかりの話題作だからそりゃそうか。年配の方がたくさん並んでいた。わいわい楽しそうだった。

 

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 お気に入りのジェラート屋さんに行った。チョコを食べると、精神が少し安定するのは本当みたい。

 

 

ホールケーキ

◎2020年7月21日(火)

 

 ずっと心待ちにしていた日。大学時代の友達2人が大阪に来てくれた。誕生日が近く、毎年合同でお祝いしている。オンライン飲み会もしないし、SNSもあまり更新しないタイプの人たちなので、会えるのが余計にうれしい。人混みに行くのも嫌なので、Airbnbで安い部屋を借りて、そこで過ごすことにした。

 

 先に合流したYは千葉から飛行機で大阪入り。駅で待ち合わせ、マンションに着くと到着時刻を連絡していなかったけどエントランスでホストが迎えてくれた。50代くらいの男性。Yが抱えたケーキの箱を見て「女子会ですか?」と言われたが、女子会って単語久々に聞いた気がする。部屋まで案内してもらい、オートロックの開け方やアメニティーについて説明を受けた。エアビー初めてだけど、こんな親切なんだなと感心。

 

 部屋に荷物を置いて、地下街のカフェに。Yは一昨年の夏、仕事を辞めてカナダに語学留学に行った。昨年末に帰国し、千葉の実家に戻った。ワーホリでまた海外に行こうと目標が定まったらしく、「とりあえず」と契約社員の仕事に就いたのだが、その矢先にコロナ禍。諸に打撃を受けている業種なので、2月から月に5~10日しかシフトが充てられていないそう。この時期も本来なら繁忙期だけど、今年は全くとのこと。

 留学やらコロナやらで話すのが本当に久しぶり。まずは「留学どうだった?」と話を振る。留学中、ルームシェアを解消したとLNEで聞いていたのでいろいろ苦労があったのだろうと思っていた。でも「総合的には、行ってよかったよ」と言う。「周りは自分のことをそんなに気にしていないって気づけた。日本ではこの感覚はなかった」。

 というのも、飄々として見えるYは実はお腹がとても弱い。ストレスが溜まると体調に出るのだ。前職も接客が伴う職場で、アルバイトをまとめる正社員という責任もあり、休み明けはいつも腹を下したり、胃が荒れたりしていたらしい。「働くのが向いていない」と仕事を辞め、病院に行くとポリープがいくつか見つかり、切除したそうだ。仕事のことを一切忘れようと留学(カナダを選んだのは高校時代南仏に留学経験があり、仏語が少し話せるから)し、どんな服装をしようが、どんな振舞いをしようが、その人がいいならいい、という雰囲気が好ましく思ったそうだ。Yは全然そんな風には見えないのだが、食事でどのメニューを選ぶのかですら人の目を気にしてしまう。アジア人だからとじろじろ見られるようなこともなく、日本の基準だけが全てじゃないんだな~と思ったらしい。それで、帰国後は次の渡航の資金を貯めるつもりだったのだ。いまは実家で時間を持て余し、お菓子を作ったり、パンを焼いたりしている。

 

 ひとしきり話を聞いて、 10年近く付き合いがあるのに、この人のことを知っているのはほんの一部だったんだなと思った。お腹が弱いのは昔から知っていたが、そこまでとは知らなかった。出会ったころからさばさばしていて、センスがよくて大人っぽく見えた(実際浪人しているから一歳上だけど)。でも言わなかっただけで、生きづらさ抱えていたんだなと。海外に行くことが、やりたくない労働をするモチベーションになったのに。このまま数年間海外渡航ができないと、ワーホリの年齢制限は超える。日本で正社員としてどこかに就職する気力もない。「やる気がない。積極的に死にたいとは思わないけど、ボタンを押して消えられるならそうしたい」。アイスコーヒーを飲みながら笑うYの言葉が悲しかった。

 

 近くのスーパーでサラダや酒を買った。テレビのお菓子総選挙でやってたよねーと、青のりとコンソメのポテチも買い、ぱんぱんに詰め込んだレジ袋を一つずつ持って歩いていると、大学時代みたいだなーと懐かしくなった。リビングのソファでポテチをパーティー開けしてだらだらしゃべっていたら、スマホに面倒くさそうな仕事のメールが来た。私が返信している間にYがポテチ2袋を完食していた。食べ過ぎだ。「夕食まだなのに!」と言ったが「大丈夫だよ~食べられる」とY。小食だからきっとお腹いっぱいと言い出すに違いない。

 もう一人の友達・Sが到着。ウーバーイーツを使ったことがないので試してみようということになり、アプリを入れて韓国料理店でニラチヂミ、トッポギ、キムチ餃子を注文した。本当にすぐ来るし、どこにいるか現在地を確かめられるのが面白い。Sはデパ地下で鯖寿司を買ってきてくれた。なんでもいいと言ったら鯖寿司を選ぶチョイスが独特だが。YとSはビールで、私はほろよいで乾杯。案の定Sがすぐにもう食べられないと言い出し、トッポギはほとんど私一人で食べた。

 食後にSが買ってきてくれたアンリシェルパンティエのイチゴのショートケーキを食べた。ホールケーキなんて中学生以来かもしれない。もちろん食べきれず、翌日に食べようと半分は冷蔵庫に残した。「祝アラサー」というチョコプレートが気恥ずかしいけど、うれしい。3人で写真を撮った。29歳になったSとY、28歳になった私。出会った時は19歳と18歳だった。見た目はそんなに変わっていないし、中身もそんなに変化がない気がする。ただ、皆ちょっと疲れている。

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 深夜にコンビニに行って「何買うんだっけ」「いや、何もいらないか」とすぐに帰ったり、YouTubeで「平成30年間のアニソン」というのを流して「おお、これ懐かしい」「全く知らない」と話したり。久々に会って、もっと話したいことがあった気がしたのに、取り留めもない話しかしていない。大学時代のように徹夜することもなく、ちゃんとシャワーを浴びて寝た。

 

誕生日

◎2020年7月18日(土)

 28歳になった。今日こそ「はちどり」を観ようと、有給を取ってナナゲイへ。30分前に席を押さえればいいかーと思っていたら、14時10分の回が売り切れ。感染防止対策で席数がかなり減っているから、どの映画もすぐに埋まってしまうみたい。仕方なく、19時半の回のチケットを買う。

 近くで暇をつぶす場所もなく、とりあえず商店街をあてもなく歩く。いくつかの商店街が接続しているので、意外と距離がある。フレンドリー商店街、十三町商店街とか。とにかくどこかしらの筋に入れば商店街がある。十三って、商店街好きにとってはなかなかアツいスポットでは。いかにも大阪な看板が目を引く。

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 「ねぼけ堂」という和菓子屋さんのネーミングが、いつも通る度に可愛すぎてずるいな~と思う。私が店を開くならこんな名前を付けたい。

 

 阪急で梅田に行けば時間をつぶせる場所はいくらでもあるのだが、休日の人混みを思うと気が進まない。思いつきで、十三と梅田の間にある中津へ。すぐそばにグランフロントが見えるし、駅近の高級マンションには「梅田」って冠が付くし、梅田の一部と化しているように見える。でも、駅のホームは超狭くて、「黄色い線の内側にお下がりください」の内側のスペースがほとんどない。外観も構内も暗く、じめっとした空気。駅を降りるのは私しかいなくて、電車に乗る人は皆梅田を目指す。駅を出ても、周辺に住む人が犬の散歩をしているくらい。相変わらず、都会にぽっかり空いた不思議な空間だなーと思う。中津商店街から駅の方を振り返ると、梅田のビルとの対比が象徴的。

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 アーケードのテントが剥がれているから見える景色だけど、前からこんなんだったっけと調べたら、2年前の台風でぼろぼろになって撤去したらしい。

 

 行きたかったカフェは満席で、まちライブラリーもやっていなかった。公園のベンチで西東三鬼の「神戸・続神戸」を読んだ。久しぶりのいい天気だからか、親子連れが砂場や遊具で遊んでいた。私の向かいのベンチでは、60、70代くらいの男性がスポーツ新聞を抱え、仰向けになって昼寝していた。男の人、特に中年の人は、いたるところのベンチで躊躇なく寝転んでいる姿を見る。ホームレスの人や酒に酔っているというシチュエーションでなくても。女の人は見たことない。私もスカートじゃなくてズボンを履いていたら寝転んだだろうかと考えるけど、人目が気になってしまう。

 

 スカイビルまで歩いた。線路沿いは、ウメキタの開発地区で、工事のトラックしか出入りしていない。また数年後歩いたら、景色がかなり変わっているはず。

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 スカイビルでも、外のベンチで本を読んだ。木陰があって、涼しい。パーティーのような、ウエディングのような、派手な装いの集団がわいわいと撮影をしたり、ワンピース姿の清楚系の女性を撮影するカメラマンがいたり。カメラマンが「うーん、いいねいいね。ああセクシー」「目線ちょうだーい。もう!最高!」とか、演技じみた声かけをするので笑ってしまう。中津のウエストパンで買ったパンを食べていると、スマホにヤフーニュースから「俳優の三浦春馬が死亡」という通知が表示された。順風満帆で輝いているように見えていたから、何で?って気持ちしかなかった。私のそばを通り過ぎる人たちも皆、その話題を話していた。7月18日、昨年は京アニの事件が起きたし、今年は三浦春馬さんが亡くなるしで、不吉な日と印象付けられそう。

 

 ビルにあるシネリーブルを覗く。気になっていた「パブリック 図書館の奇跡」が、ちょうど5分後に上映するようなので、見ることにする。ここも座席は半数くらい。

 冒頭からゴリゴリのヒップホップで、お!これは当たりでは…とわくわく。主演のエミリオ・エステべスは知らなかったんだけど、この作品の脚本と監督も務めているという。すげえ。退役軍人が多いとみるに、日本とはホームレス事情がまた違うのかな。公共のために頑張ってきた人が公共から見捨てられそうになるのは皮肉。皆、図書館を昼間のシェルターとして使い、歯磨きしたり、ひげを剃ったり。会話の端々に、本を読んで蓄えた知識を披露してくるのがおちゃめ。

 主人公は今現在、司書という手堅い職に就いて、ずっと生真面目に真っすぐ生きてきたように見える。でも、路上生活を経験し、元アルコール依存症。前科もある。ここで起こる騒動の首謀者ではない彼が、当人たちよりものめり込んでいく姿がアツい。立ち直ることができるのも、それを維持できるのも紙一重。今困っている人だけが当事者ではない。自己責任という言葉が蔓延する今に刺さる話だった。

 

 観終わって即、ナナゲイに移動し「はちどり」を鑑賞。夜も満席。昼に席を買ってよかった。

 家父長制と家庭内暴力、思春期の微妙な人間関係、憧れの人との別れ。出来事を羅列すると、本当に辛いことばかり起きる。でも、単に悲痛な物語という風には見えないのが不思議。主人公のウニが隙を縫って、好きな人といちゃついたり、背伸びしてクラブに行ったり、青空の下できゃっきゃ言いながらトランポリンで跳ねたり。中学生らしく楽しんでいる場面も印象的で、これから成長して大人になっていく姿を想像できるから安心できるのかな。何より、漢文教室(そんなのあるんだ!)のヨンジ先生との出会いが大きい。

 上映後の山中瑤子監督のリモートトークショーで「ウニが子どもとして扱われていた。先生は先生で精神的に不安定なところもあるだろうけど、ウニといるときはちゃんと大人でいてくれた」と話していたのが、そうそう!って納得。そこがヨンジ先生の好きなところ。子どもの頃に、信頼できる大人に出会えるかって今後の人生を左右するよね。女性は特に「女の子はませているから」「小さくても女は女ね」とか、やたら実年齢に見合わない見方をされることもあるけど、子どもとして過ごす時間を尊重してほしいね。